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    雑記ブログ

    【つながる】 第2話

     数日後、大学から帰る途中で高校の後輩の女子に声をかけられた。
    「小野さん、最近彼女と一緒じゃないんですね」
    「彼女?」
     その子はオレの問いかけに不思議そうな顔をした。
    「彼女でしょう? いつもずっと一緒にいたし。ベリーショートのきれいな人……」
     オレはその子から一歩、後退った。
     ベリーショートのきれいな人って。どう考えたって、幸のことしか浮かばない。
     いつも一緒にいた? いや、オレは家の外ではあいつには会っていない。あいつが映画鑑賞だというから、渋々付き合っていたが、それ以外に接点はない。
     なんなんだ、この状況。おかしすぎる、世にも奇妙ななんたらか? そのうち、たもさんが出てくるのか? 少しは幸がいなくなった寂しさを実感させてくれよ。このままじゃ、あいつは死んでもオレをウザがらせてるのか、なんて思いかねない。
     オレは家の近くにある公園に入った。もう夕方近くだったので、子ども達も親に連れられて帰ってしまったようだ。しんとした公園のベンチに座って、空を見上げた。
     やんわりと広がって青と混じるピンク色。雲はなく、薄い月が出ていた。視線を下げて、遊具の近くに植えられている太い銀杏の樹を見つめた。まだ葉は青く若々しい。そのうちに黄金色に染まってハラハラと落ちて、嫌なにおいを振り撒くんだろう。この公園で、臭い臭いと言いながらも笑っていたな。幸と一緒に。
     たしかオレはまだ幼稚園で、幸は2年生くらいか。小学校が近いので幸を目当てとすぐわかる男子達が絡んできた。オレはカチンと来て、よく向かっていったものだ。あの頃から可愛かった幸を、当時は大好きだったな。

     幸はどんどん可愛くなって、美人になって、ますます人目をひく存在になっていった。オレだって自分で言うのも、……あまり抵抗はないが、可愛い少年だったので、女子がいつも周りにいた。そんな中で、お互いの交友関係には触れなくなっていった。オレはどんどん不愉快な気持ちを抑えられなくなっていたが、まさかヤキモチなんて。ありえない。
     あいつはただのいとこだったんだ。一緒にDVDを観るのは昔からの慣習ってやつで、なんとなく断れないから続いていただけだ。
     オレの記憶が無くなったなんておかしすぎる。ちゃんと昔の記憶も今の記憶もあるんだ。
     夜がやって来るというのに、なんとなくベンチから立ちあがれないでいた。
     月が輝いていた。丸いはっきりとした白。くすんでもいなければ淡くも無い。明るく辺りを照らしている。街灯の光と共に、公園はとても明るい空間だった。
     たしか、あの映画の話もこんな満月の日を選んでいたような記憶がある。ほら、記憶は消えていない。
     月の光が銀杏の樹に降りかかって、地に影ができていた。オレは昔遊んだその場所へなんとなく近づいた。
     あの頃が懐かしい。あの頃のまま、小さいままでいたかったな。素直に甘えて大好きでいられたのに。
     いや、嫌いではないさ。この樹の幹にもたれて……。
     オレはその樹を触った時、フッと脳裏に画像がよぎった。
     幸が、大人になっている幸が、そこに立っていた。オレは彼女に口づけていた。

     オレはよろけながら樹から離れた。
     なんだ、今の映像は。そして、感触さえも蘇る。触れた唇、抑えた肩、オレを確かめるように添える彼女の手の温かさ。
     感情も強くこの胸を揺さぶる。この衝動的な気持ちは何だろう。今まで感じことの無いような、焦り、不安、苦しみ、欲……望?
     こみ上げてくるその大きな感情と同時に、オレを呑み込む孤独。彼女がいない。彼女が、今はどこにもいない。こんなに、逢いたいのに。
     これは胸の奥に隠されていた本当の気持ちなのか。

     ふと気付くと、砂場に子どもが背を向けて座っていた。
     辺りは明るいとはいえ、こんな夜に出歩いてまだ遊んでいるのか。それにしても気配がなくて……。オレはその子どもがすっと立ちあがるのを見ていた。
     子どもだと思っていたのは白い服の女性だった。月の光に青く透けてさえ見えるその姿、見間違えることはない。幸だ。

     去っていく彼女の背中を慌てて追いかけた。
    「幸!」
     呼ぶと、彼女はゆっくり振り返った。
    「もう……逢えないと思ってた……」
     そんな悲しそうな顔でオレを見ないでくれ。
    「オレたち……オレたち、付き合ってた……の?」
     こんな時に訊くべきではないことだとわかっていたけれど、確かめておきたかった。さっきの感覚がなんだったのか。いや、本当は今彼女を見つけた時点で気付いていたけれど。
    「憶えてないの?」
     いや、思い出したよ。きっとそうなんだ。
     オレは彼女のぼんやりとした影に駆け寄った。彼女はじっと逃げることなくオレを見つめ、待っていてくれた。それでもいなくなってしまいそうで、彼女の手を掴んだ。
     冷たい。こんなに氷のように冷たいなんて。そして、その感触はまるで霧のように儚い。
     この人はもっと温かだったはず。

     今思えばオレは、ずっと子どもの頃の感情を消せないでいたんだ。
     密かに思い続けるのが辛くてほかの子と遊んでいたけど、でも長く続かない。どこか自分に対する不信感、罪悪感を抱いていた。
     そうだ、ある時、彼女に見合ういい男が近づき始めて、思わず皮肉や嫌味を言ったはずだ。オレの気持ちをわかってほしくて、でも、自分でそんな隠れた感情に気付いていなくて、ただ彼女に苦しい思いをぶつけた。
     幸は言ってくれたんだ。好きなのは、昔からずっと貴之だけなんだよ、と。
     いつの間にかオレは彼女の背を追い抜いて見下ろすほどに成長していたのに、心は幼い子どものまま、ただ胸の奥の扉を開けてくれるのを待っていた。
     付き合ってほしい、そう言った。オレから言い出せなくてゴメンと。
     そんなことを言って頭を下げたのは初めてだった。
     これまでずっと、いとことして繋がっていた相手だったはずなのに、それだけでは物足りなくなっていた。
     そして、彼女の遺体を見たとき、そんなやっと繋がった糸がプッツリと切れるのを感じた。

     失っていた記憶が次々と甦る。
     幸と一緒にいて楽しかった日々、幸せだった瞬間、彼女の顔を見つめるだけで胸がつまるような気持ち。強がっても溢れ出す。
     彼女に手をそっと掴まれた。そのしなやかで温かい感触を思い出した。誰にも取られたくなかったのに、絶対に取り返せない所へ行ってしまうなんて。



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