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    雑記ブログ

    【つながる】 第3話

     光に溶けそうな彼女は「ずっと一緒にいられると思っていたのに」と言った。
    「いつかきっと二人で幸せになれると信じてたのに……もう、逢えないなんて……嫌よ」
     オレは首を横に振る。彼女の手を握ったまま、一緒にいたい、オレの傍にいてと請うた。
     そのとき、「どうするんだ」という老人の声がした。それは、亡くなった祖父の声だ。
     彼女はその声に悲しそうに目を閉じた。思わず、オレは手に力を込めた。「行くなよ」と叫んでいた。
     でも、彼女は悲し気な顔をするだけだ。オレの声はだんだんと掠れ、彼女はどんどんと遠く離れて行く。掴んだ手から彼女がすっと逃げて行く。オレはたまらず追いかけた。
    「帰って来てくれないなら、オレが引き戻す!」
     オレは冷たくて消えそうな彼女の体を背中から抱きしめた。ふわふわと消えそうだった彼女の体が少しだけ厚みが増したような気がした。

    「どうするんだ。待っているのに」
     祖父の声が聞える。
    「連れてくなよ!」
     オレは必死になって答える。そして彼女を公園の外へ、オレの部屋へ連れて行こうとした。
     彼女は動こうとせず、たぁちゃん、と懐かしそうな顔で微笑みながらすっと涙を流した。
     やめてくれよ。
     奇跡って、幻のことじゃないよな。きっと現実と繋がってるよな。
     オレは彼女に逢えた奇跡を確かな現実に変えたかった。
     だって、こんなの、月が美しすぎる日のただの幻想だったなんて、思いたくない。
    「今更、たぁちゃんなんて呼ぶな。おまえは年上のいとこなんかじゃなくて、オレの一番大切な宝物なんだ。オレの命と同じなんだ」

     彼女の手が少しまたしっかりと感じられた。温かみさえ感じるようになった。
     大丈夫だ、とオレは思った。行かせない。一人でなんか行かせない。

    「たぁちゃん……」
     また、幼いころの呼び方でオレを呼ぶ。
     オレは幸の手を掴んだままで、気付けば彼女に抱きしめられていた。
     もう、とても温かく、ほんとうにそこに存在する人のようだった。
    「幸……」
     オレは情けなく崩れ、彼女の胸に顔を埋めた。彼女に抱きしめられて子どものように懇願した。
    「行かないでくれって、言ってんだろ……」
     彼女の抱擁が心地いい。
     確かに愛されているという実感が肌で感じられた。
     その温かさはオレの体に伝わって、彼女の涙の温かさもオレを濡らして、必死で彼女を離すまいと抱き着いた。

     しかし。
     彼女の温かさはオレの体に残っているのに、彼女の実体はいつの間にか消えていた。必死で掴んでいたこの手には、彼女の温かさがまだ残っているのに。
    「たぁちゃん……」
     声が耳元に残っている。
     オレは泣きながら公園の土の上に仰向けに倒れた。
     月の光が眩しくて悔しい。なにがつなぐ、だ。何が奇跡だ。そんなファンタジーなんて、ただ切ないだけじゃないか。
     それでも、記憶が戻り、もう一度彼女を抱きしめることで小さな幸せが残った。一緒にいたいと思ってくれていたんだ。
     彼女の泣き声が耳にこだましている。
     オレ自身も脱力感で立ちあがれない。

     祖父がオレの前に佇んでいたのを知って、思わず祖父を罵った。
    「幸を返してくれ。連れて行かないでくれよ。可愛い孫だろ!」
     祖父は苦い顔をしてオレを見ていた。
    「わがままなヤツだな、あれほど幸に悲しい思いをさせたくせに」
     悲しい思いか。
     確かに、オレは自分の気持ちを満たしていただけだった。
     幸に素直に愛情を示さず、文句を言ってばかり。嫉妬してほしくてほかの子と仲良くしたりもした。
    「生き返った後の苦しみがどんなものかおまえは知らんのだろう。だから簡単にそんなことを頼めるんだ。死んでしまった方が楽なんだ」
    「必死で、必死で彼女を支える。彼女が苦しまないように、辛くならないように、頑張るよ、だから……」
     祖父は苦笑していた。そして、消えた。
     もうオレの言葉を聞いてくれないのか。願いを受け止めてはくれないのか。
     オレの周りには静かすぎる夜がまた戻ってきた。

     彼女はどこへ行ったんだろう。
     彼女の顔が思い出された。
     映画なんかで泣き腫らしているその顔は、今まで見た彼女の顔の中でいつよりも愛しかった。
    「幸……」
    「たぁちゃん……」


     その後、ベッドでオレは目をさました。
     え、夢?
     こんなに苦しい夢なんて見たくなかった。
     でも、それなら幸は生きているのか? どこまでが本当で、どこからが夢だったんだ。

     夢の中の公園で見たような月と同じくらい明るい太陽がオレを照らしている気がした。布団の温かさにまた眠ってしまいそうだ。今度こそ、幸せな夢を見たい。
     しかし、眠ろうとするオレに母親の怒りの声が届いた。
    「いつまで寝てるの! 早く起きなさい!!」
     なぜ、そんなに怒られなくちゃいけないんだ。講義ならちょっとくらい休んだっていいだろ。今日はそんな気分じゃないんだ。
     怒っている母の声が泣き声に変わったので、オレは慌てて目を開けた。
     え、ごめん……。
     思わず謝った。
     でも、なぜか声が出てこない。
     母は首を横に振った。
    「貴之!」
     気が付くとオレの周りにはたくさんの人がいた。
     夢から覚めて頭がぼんやりしているけれど、全身も同様に麻痺していた。そんなぼうっとした感覚の中でだんだんと増えていく痛みがあった。呼吸が苦しい。喘いではまた目を閉じそうになった。動けないし声も出ない。
     遠い声、近い声、バタバタと走る音。目を開けているのに光しか見えない。
    「帰ってきて、くれたのね……たぁちゃん……」
     オレの傍で幸の声がした。嗚咽を漏らている。
    「もう、横断歩道でも無い場所を横切っちゃだめだよ、わかった?」
     幸が、まるで姉のような口ぶりで言う。
     聴き慣れた話し方だ。
     痛みも薄らぐ。



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