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    雑記ブログ

    家族のもめごと

     家族というのは、なんだかんだ言っても強い絆で結ばれているものだ。
     しかし、この神部(カンベ)家だけは例外である。毎日険悪な雰囲気が漂っていた。
     この日曜も、長男の舵(カジ)、次男の活矢(カツヤ)、長女の桂子(ケイコ)はダイニングテーブルを囲んで睨み合っていた。

    「活ニイ、のろい。さっさと食べなさいよ、ダラダラしてんの見てるとたまんなくイラつく!」
    「そんなこと、言わないでよ桂ちゃん……」
     活矢は上目遣いで妹の桂子を見た。
    「キモい、キモいっつーのよ!!」
     桂子は容赦なく活矢の頭を殴った。
    「コラ、桂子一番年下のくせに偉そうにすんな! おまえには前から言っておきたかったんだ。陸上も水泳も適当にやりやがって、高校生活っていうのはな、もっとストイックに……」
     既に成人している長男の舵は、朝っぱらから日本酒を飲んでいるという態度でありながら、妹を叱りつける。桂子は長兄に言われてビクッと俯いた。
     活矢はさっきまで凹んでいたにも関わらず、低い声でそこに割って入る。
    「舵ニイ、それは飲んだくれてるヤツの言うことじゃねえ……」
    「そ、そんなこと言うけどな、おまえ、勉強教えてやったじゃねえか……兄貴を少しは尊敬したっていいんじゃねえか……?」
     舵にとって活矢は、いつだって正体不明でなんとなく好きになれない。
    「尊敬? 笑わせるな。そうやって小学生の頃の話をネチネチ言う陰険な性格、なんとかしろ」
     3人は互いに睨み合って黙り込んだ。

     この3兄弟は、いつもこんな調子だった。
     あまりに兄弟喧嘩が絶えないので、父である神部健地(カンベケンジ)がリビングから声をかけた。
    「おまえたち、少しは相手のことを思いやって仲良くしなさい」
     年齢を重ねた貫禄のある、ダンディな父の声に、3人は一旦喧嘩をやめた。


    「父さんって、いいわー。癒し系だよねー」
     桂子はうっとりした顔で父親を見つめた。
     舵は、そんな桂子を見て、ニヤリと嗤う。
    「おまえ、近親相姦だけはやめろよ」
    「きっ、きん……」
     桂子はあまりにも下品な舵の言葉に青ざめていた。
     活矢がゆっくりと立ちあがり、舵の襟首をつかんだ。
    「てめえその、獲物を見るようなイヤラシイ目でほざくんじゃねえ。聞いてるこっちが不快だ」
     父は慌てて飛んでくる。
    「やめなさいって言ってるだろ、おまえたち……。ご近所でなんて言われてるか知ってるか?」
    「まあ……なんて言われてるの? パパ……大好きなパパが困る姿は見たくないわ」
     活矢が舵からそっと手を離し、父の顔を小首を傾げて見つめた。
     そんな、良く言えばジェンダーフリーな活矢だが、桂子はその姿をどうしても受け入れられない。
    「だから、キモいって! 活ニイは口突っ込まないで、じっとしてればいいのよ!」
     すかさず桂子が活矢の頬を打った。反射神経が殆ど無い活矢は、それを避けることができず、情けない顔で桂子を見つめていた。

     父はため息をつきながら3人の顔を見た。
    「いいかい、うちはご近所の方たちに、あの家には関わらない方がいいって言われてるんだよ。今に陰惨な事件が起こるに違いないってね。おまえたち、ワイドショーのネタになってしまうような恐ろしいことだけはやめてくれよ。頼むから仲良くしてくれ」
     優しい父の言葉に、3人は顔を見合わせてから、ムッとしてそっぽを向いた。
    「やれやれ……」
     とうとう、父は切り札、オールマイティカードを3人に突きつけるしかなかった。
    「おまえたち、母さんに言いつけられてもいいのか?」
    「ゲッ!」
     3人は息を呑んだ。
     あの、ほぼ虐待としか言いようのないお仕置きを行う母に、言いつけられては身が持たない。
    「と、父さんそれだけは……」
    「パパ、やめて……」
    「父さん、ごめんね。おとなしくするから……」
     3人がおとなしくなったのを見て、健地は微笑んだ。
    「よしよし、言いつけたりはしないが、いつ母さんが帰って来るかわからないんだから、いい子にしてなさい」
     父が去ったのを見て、3人はそれぞれ、2階の自分たちの部屋に戻っていった。
     母に見つからないように、身を隠すしかない。

     しかし、そんな3人だが、隣どうしの部屋にいると、どうしてもムズムズしてしまう。
     ついに舵が桂子の部屋のドアをバッと開け、長い舌で口の周りを舐めながら嗤った。
    「桂子、いくら父さんが優しいって言ってもおまえなんか相手にしない。だから、オレがお前を食ってやるぜ」
     部屋にずんずん入って来る舵の手が、怯える桂子の肩を掴んだ。その時、舵の背後から活矢がそろりと彼の首を掴んで撫でた。
     よろけて身構える細い体躯の舵は、ひっそりと笑う弟に恐怖した。
    「舵ニイ、頭から硫酸ぶっかけられて跡形もなく溶かしてほしいか」
    「な、な、な、お、落ち着け活矢……」
     しかし、桂子は体育会系の性格が災いして、どうしても活矢のコロコロ変わる態度に吐き気がしてたまらない。
    「活ニイ、運動能力皆無の変態のクセに、舵ニイにだけ強がるのやめなよ。カッコ悪い」
    「そんな……桂ちゃん、睨まないで……怖いわ……」
     活矢は、しょぼしょぼと後退りした。

     突然、健地が3人のいる部屋に飛び込んできた。
    「か、母さんが来るぞ!」
     3人は驚愕し、悲鳴を上げて各々の部屋に閉じこもった。
    「あーーーんたたち!! また、貯金箱からお金くすねたでしょう!!」
     ドスドスと足音を響かせて、母が猛然と階段を駆け上がってきた。
     きゃーという3人の悲鳴が聞こえる。子どもたちの隠れているドアを一つ一つ叩きながら鍵を壊そうとする妻を見て、健地は言った。
    「やめなさい。もうそれくらで許してやんなさい、風美(フミ)」
     母、風美は狂ったようにドアを叩きまくるのをやめない。もうこうなっては、いくら健地でも止めようがない。

     ひとしきり怒鳴り散らした風美は、どこかへと消えていった。多分また隣の家に行って鬱憤を晴らしているのだろう。健地は嘆息するしかなかった。そのうち気が済めば彼女の怒りもふわっと消えていくのだが。
     そこへ、絶妙のタイミングで健地の父と母が訪ねて来た。
    「あんたも大変ねえ、健地……」
     母の神部月子が言う。
    「ほんとうだな。ワシらは見てるだけしかできないしな」
     父の神部陽介が言う。
     健地は頷いて言った。
    「風美のご両親が、どうも風美を甘やかしてたみたいで……」
    「ああ、海野(ウンノ)さんか……」
     陽介が苦笑した。

     そのころ兄弟たちは、父や祖父たちに隠れて、またダイニングルームに集まっていた。
     お互い、一定の距離を保ちながら牽制し合う。
    「舵ニイ、お願いだから、そんなに赤い舌をチロチロさせて私のこと見ないで!」
    「うるさい。それより活矢、頼むからなんか怪しい液体持ってくんのやめてくれよ」
    「いつも携帯してんだよ。それより、……桂ちゃん、今にも飛びかかってきそうな顔すんのやめてよう……」
    「だって、活ニイの性別不明の態度許せない。丸呑みしてやりたいわ」

     舵、活矢、桂子。睨み合うのはやめなさい。
     どこからか父の声が聞える。
     いい加減にしないと、私はおまえたちを見捨てるぞ?

     3人はハッとして、顔を強張らせた。
     父が……優しい大地のような父がいなくなっては、生きて行けない……。
     ヤバい。でも……。
     神部家の兄弟はじっと見つめ合ったまま、動くことができなかった。









    <蛇足>
    ※この話、何が面白いのかさっぱり意味がわからない……という方だけ、よろしければ以下のヒントをご活用ください。

    ①人間っぽいですが、この家族は人間ではありません。
    ②『蛇 蛞(ナメクジ) 蛙』で検索してみてください。
    ③蛇・蛞・蛙 の虫偏を取って、舟偏、さんずい偏、木偏に変えてみてください。




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