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    雑記ブログ

    愛しき心の内、麗しのへそ曲がり

     暫く離れていたが、やはりこの与野川という町は田舎臭い。十年も経てば何かしら変化が有って然るべきだが、変わったのは文具店の廂(ひさし)が日光で色褪せた程度である。人も町も、何ら変わっている様子は無い。
     田臥雪将(たぶせゆきまさ)は濃紺のネクタイと白のセーターの上にチャコールグレーのブレザーを羽織り、鏡の前に立ち、想う。
     上品なその制服は、雪将の美貌を更に引き立てている。
     如何ほど素晴らしい着物を羽織っても、下品な輩は下品な儘である。雪将の様な、そこに居るだけで人を魅了する男子でなければ、その物の価値を正確に伝え得ない。
     美しい瞳、美しい肌、美しい唇、美しい眉、美しい鼻筋、美しい額、そして……。数え上げれば切りが無い程の、英知と気品を漂わせる雪将の立ち居は、まるで何処かの国の貴人と見紛う。
     背の高い痩身の美少年、否、愛する者を守る勇猛な志士、或いは独り静寂を楽しむ才人、若しくは……。
    「ユッキー! 早く学校に行きなさい!」
     雪将は母の大声に仰天し自室を出た。

     通学の為にバスを待つ。
     無知を絵に描いた様な騒々しい兄弟が列の最後尾で何やら喚いているが、あんな品性の欠片も無い者と同じ学校とは情けない。名門三境梨高校も地に落ちたものだ。
     十年前雪将が七つの時に父の仕事に因り兵庫県芦屋市に転居するまで、彼はこの辺鄙な町に居住していた。
     芦屋市には在原業平ゆかりの地が有るが、雪将は業平に負けず劣らずの美男であると自負している。故に周囲の期待を裏切る様な有り様ではならぬ。心情に振り回される等、以ての外だ。例え周囲が許容したとしても、己が許さぬ。
     思わず侮蔑に満ちた視線を騒がしい者達へと投げ掛ける。なかなか見栄えの良い兄弟だが、かの行為は品格を下げるのみ。係り合うのは御免蒙(こうむ)る。
    「あいつらあほやな」
     雪将は独り言ちた。
     何故か雪将の前に並んでいた男子が、彼を振り返り怪訝な顔をする。いかんいかん、例え低能な輩共であっても陰口など叩けば自身の値打ちが下がると言うもの。

    「田伏くん」
     転校した初日から、雪将は幾度女子に声を掛けられたか憶えてはいない。この様な有り様を予測し得たとは言え、如何ともし難いのが実情。
    「バス通なんでしょ? 一緒に帰りたいな。与野川のいろんな場所、教えてあげるよ」
     その見苦しい女は礼節も弁(わきま)えず、天晴な程に畏れ多い事を吐(ぬ)かす。
    「ブスのクセに、話し掛けんなよ」
     その不埒な女子は驚愕の面持ちで雪将を見詰めていた。大凡(おおよそ)、面と向かって言われた事など無いのであろう。甚だ動揺している様子だが、事実なのだから仕方無い。自覚を促すためにも雪将が教示してやらねばならない。二度とこの田臥雪将に無礼な態度を取らぬ為にも。
     とは言うものの、この学校には真面な品性を持つ者が居ない。雪将が周囲の興味を集めてしまうのも頷ける。目立てば面倒なだけなのだが致し方無い。
     同じクラスに唯一許容できる容貌の女子が居るが、如何せん粗暴な態度が鼻につく。
    「田伏」
     ぞんざいで非礼な口を効く辺り、育ちが分かるわ。
    「なんだ、女堂」
    「ブスにブスと言うのはどうかと思う」
    「気付いてないヤツには言ってやらないと」
     雪将がそう言い放つと、女堂龍子(めどうりょうこ)は彼を睨みつけ、負けを認めたのか鞄を持ち教室を出て行った。
    「あ、ブス」
     廊下から女堂の声がする。
    「あ、またブス」
     廊下から再び女堂の声が聞える。
    「救いようのないブ男」
     廊下で女堂の大声が響き渡る。雪将は鞄を抱え廊下に出て、その様子を見物する。
     そうやって一々大声を上げていたのでは際限が無いのに、雪将に言い負かされた事が余程悔しかったのだろう。容姿しか取柄の無い女が何を向きになっているのか、恥ずかしい振る舞いだ。
    「女堂、そんなに怒んなよ。特に悪気の無いブスに言いまくってもしょうかないだろ。オレたちと違ってかわいそうなやつらなんだから」
     すると、女堂が不敵な笑みを浮かべるではないか。
    「……ねえ田伏、今日一緒に帰らない?」
     成程、そう来るか。良かろう。その傍若無人な申し出、甘んじて受けてやろうではないか。
    「いいよ、一緒に帰ろう」
     女堂め。どの様な謀略を以てしても、この雪将の相手とは成り得んわ。

     歩いて往くのか。
     雪将の家宅とは反対方向ではあるが、この情景もなかなか風情がある。良いだろう、何処までも付き合うてやる。
    「ここでいい」
     眼前に聳えるマンションの前で女堂が言った。
    「まだ5分も歩いてないけど」
    「ここが私の家だし」
     何と。最終目的地にまで送らせるとは、良い度胸だ。
    「女堂さん、日曜ヒマ? 一緒にどっか行かない?」
    「うん、いいよ。ヒマしてるし」
    「じゃあ、これ、携帯の番号な」
    「わかった。登録しとく」
     そんな折、雪将と女堂の居る処に、物見とばかり人が集って来た。又、世を騒がしてしまったか。しかし、女堂も責を負うべきだ。
    「女堂さん、君を見てるみたいだけど。追い払おうか?」
    「田伏君が、見られてるんじゃない? 煽らない方がいいよ」
    「たぶん女堂さんが可愛すぎるからだよ」
    「イケメンと一緒にいるからだと思う」
     女堂はそう言い残しマンションに消えていった。その後姿に見惚れる輩の気が知れない。下衆な親爺ばかりか。それとも、女堂の事を、男を惑わす悪女と言うべきか。きゃつが過剰に色香を漂わせぬよう、雪将が傍らに居てやる要が有りそうだ。

     雪将が帰宅すると、テーブルの上に夕餉(ゆうげ)のカップラーメンが置いてあった。母は又、良からぬ近隣の婦女と共に遊興に耽っているに違い無い。嘆息する。良家の子女である母には釣り合わぬ、無分別な付き合いをすること等、赦されるものではない。
     そんな折、雪将の携帯電話が着信を告げた。正に今、思いを巡らせていた母からであった。
    『ユッキー、パパ遅くなるけど独りでお風呂入れる? それと冷蔵庫のハム食べたでしょ。ウチは余分なものは買ってないんだから、欲しかったら前もって言ってよ』
    「そんなん知らんて」
     陸(ろく)な食事も作らないで出掛けておきながら、どの口が言うのか。憤りを覚える。
    「ママ、はよ帰って来てな」
    『しょうがないわね』 
     母の、愛しい我が子への放言に呆れつつ、雪将は電話を切った。
     そう言えば今日は金曜だ。テレビの番組では非情に低俗な物を放送するらしい。雑誌で艶めかしい姿態を晒す女達が無節操な喋りを繰り広げる。その、物を知らぬ幼稚で無様な様子を観てやろうではないか。

     夜、雪将はテレビを観終え、父の帰りを待っていた。時が余っていた所に、女堂から電話が有った。
    『田臥君、下の名前なんていうの?』
    「雪将だけど」
    『じゃあ、ユキマサ君って呼んでいい?』
     畏れを知らぬ女だ。良かろう、その横暴な要求を呑んでやる。
    「オレもリョウコちゃんって呼んでいい?」
    『いいよ。日曜が楽しみ』
    「マジで待ち遠しい」
     この胸糞の悪い女の声を聴く羽目になるとは最悪な夜だ。美貌しか人に勝る所の無い、無能な人間の相手をするのは疲弊の極みである。日曜が思い遣られると言うものだ。
     丁度、父が帰ってきた。父の、息子へ面目を保つため、共に風呂に入ってやるとしよう。





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