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    雑記ブログ

    カケオチ’16

    (※下ネタ注意)
     引っ越しの都合で転入することになった私立三境梨高校。初めて登校するという今日、俺は腹が痛くてベッドで蹲(うずくま)っていた。
     子どもの頃からそうだ。恥ずかしいから同級生には言えないが、遅刻ギリギリの時間までトイレにこもっていることもある。小学校の頃など学校に着く前に……。いや、思い出したくもない。
     16の男子が、今日もヘロヘロで立てない状態。例え立つことができたとしても、漏らさないで歩けるか自信がない。それでも母の非情な声が飛ぶ。
    「パンツの替えを2、3枚持っていきゃいいのよ!」
     なんてことを。着替えがパンツだけで済むと思ってるのか。
     大体もう今日は完全に遅刻。転校初日に遅刻なんていう大注目を浴びるような、そんなおもいきり変な先入観を持たれるようなことはしたくない。欠席でいいだろ、欠席で。
    「お母さんは初日から欠席の電話なんてしたくないからね!」
     母はそれだけ言い残し、パートへ出かけてしまった。……多分、電話なんてしなくても大丈夫だろう。体調悪いんだから。
     しかし、どうも小心者の俺は、時間が経つにつれ、ズル休みだ、ズル休みだと皆にバレている、ズルい人間だ、これから先ちゃんと生きていけるのか、などと考え出した。
     こうなると、もうことごとく深みにはまってゆく。たかが転校初日の欠席。……普通転校初日に欠席なんてするかな……。ヤバい奴に目ぇつけられるんじゃないの?

     30分後、俺は制服を着て家を出ていた。

     腹の調子が落ち着かないのに、今日はこの冬一番の寒さだと言う。中途半端に田舎なこの町は、交通の便が悪いためバスが来るまで30分も待つ羽目になる。こっちの便のことも考えろ。
     バスを待っていると、目の前を女子高生らしき女がスキップして通り過ぎる。目を疑った。コートを着てマフラーをして、帽子を目深にかぶっているが、絶対に高校生だ。あの元気さ、サボっている以外に考えられない。
     スマホで時間を確認した。11時半。試験期間でもない。
     羨ましい。あそこまで堂々とサボっても罪悪感に苛まれないとは、きっと神経性の下痢なんて一度たりとも経験したことがないに違いない。
     スキップして通り過ぎたはずのその女が、何を考えたのか戻ってきた。
    「よう、今からガッコー?」
     なんだか明るい声を出してこっちを見ている。思わず後ろを振り返った。背後にはバス停の時刻表があるだけで、人影は見当たらない。その向こうは車道だ。
     キョロキョロしていると、女は笑いながらスキップして通り過ぎては戻って来る。
    「よーぅ。そのバス待ってるってことは、ナシ高っしょー?」
     やっぱり俺に話しかけているのか。
     なんだこいつは。ありすいんわんだーらんどのウサギか。俺はアリスか。これは悪夢か。
     無視していると、そいつは俺の目の前に立ち止まった。
    「もうサボっちゃいなよ」
    「うるさい。俺は具合が悪かっただけ。おまえみたいなサボりじゃねー」
     するとその女はケラケラと笑い出した。
    「今、あたしカケオチ中なんだー」
    「……ナニ?」
     面食らってその女を凝視した。すると、明るかったその女は少し寂しそうな顔をした。
    「あいつ……、抜け出せなかったのかな……」
     なんだか妙にしんみりした空気になった。黙り込む女を前に、なんとなく気まずくなって言葉を探した。
    「相手から連絡は? メールとか」
     俯いていた女はチラと俺を見上げた。
    「知らないの? ナシ高はケータイ持ち込み禁止だよ。最近持ち物検査キビシーんだよ」
    「ナ……ナシ高って……相手は三境梨高の生徒かよ」
    「そーだよ。あたしも。あ、あたし、2年3組宇佐美リカ」
    「に……」
     それ以上何も言えなかった。隣のクラスじゃないか。ウサギは黙り込んだ俺のことを、何か胡散臭いものでも見るような目で睨む。
    「フツーさ、名乗られたら名乗り返すもんでしょ」
     ……こいつは武士なのか?
     そうは思ったが、黙っているのは少し悪いような気がした。
    「4組……佐竹……蓮太郎」
    「レンタロー!」
     ウサギは、さもおかしそうに俺の名を叫んだ。確かに、多少、人に呼び捨てにされやすい名前だとは自覚しているが、叫ぶか? こんな閑散とした歩道の真ん中で。誰もいないから空の向こうまで声が響いている気がする。
    「ねー、レンタロー。カケオチしたことある? それとも明日あたしと、カケオチする?」
    「な、な、……」
     俺は自分でも顔が赤くなっていることに気付いた。
    「え……んりょする……」
    「ええー」
     ウサギは不満げに俺の顔を見る。
    「じゃあさー。志村が来ないから、今から一緒に図書館行こうよ」
    「トショカン?」
    「うん。試験勉強しようよ」
     ウサギの言葉を疑った。駆け落ちなんて大胆なことをする奴が、なぜ平然と図書館で勉強しようとしてるんだ。駆け落ち相手にフラれたからか?
    「嫌なの?」
     ウサギに上目遣いで訊かれ戸惑う。これを断るのはなんとなく勿体なくないか?
    「……嫌っていうか……」
     湧き上がる期待で言い淀んでいる自分にハッとする。待て待て! 何を考えてる。単に図書館に誘われてるだけだぞ。ていうか、逢ったばかりだぞ。いや、それより俺は今、腹が緩いんだぞ!
    「行こうよ!」
     唐突で馴れ馴れしい奴だが、……ちょっと可愛い。
    「うん……」
     ウサギと並んでピョンピョンスキップしたい気分だ、漏れる心配が無ければ。

     俺はウサギに引っ張られ、パン屋、コンビニ、文房具屋、本屋、古着屋、ケータイショップ、そして閉演しかけの遊園地に来ていた。
     これは……。俺が思うに、デートというやつではないのか。
     図書館に行く様子は全くない。でも、訊くのもためらう。空気読めよと言われそうだ。
    「もう閉まっちゃうねー。次どこいく? カラオケとか?」
     彼女は元気が衰えない。俺は寒い中無理したせいで、また腹が痛くなってきた。
    「ん……と。でも、そろそろ……」
    「わかった」
     案外あっさりとウサギが頷いた。ちょっと残念な、複雑な気持ちになる。
     すると、そんな俺の気持ちに気付いたのか、ウサギは微笑んだ。
    「ね、レンタロー。やっぱり明日カケオチしようよ。明日が無理なら、試験が終わってからでもいいよ?」
     ウサギにギュッと腕を掴まれて、動揺しながらも、……頷いた。

    「そう言えば……」
     帰り道、彼女はふと何かに思い当たったのか、唇に指を当てて呟いた。
    「この前、結城と河野と松村と柳村とカケオチした時ね、校門で高橋に見つかっちゃってさ……」
     ちょっと検問厳しくってヤバいんだよね……などと言い出すウサギに、俺はフリーズしていた。
    「え、何それ」
    「え? 何って、カケオチ……」
    「カケオチって……」
    「一緒にサボること」

     でも……。
     俺とウサギは手を繋いで歩いていた。
     これは、やっぱりデートだよな?

    「レンタロー?」
    「何?」
     隣を歩くウサギは嬉しそうに、顔を傾けて俺を見ていた。
    「あのさ、もし高橋がいてカケオチが無理そうだったら、その時はケッコンしない?」
    「ケッ……」


     ……ナシ高の隠語、恐るべし。




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